博士の異常な愛情
または私は如何にして心配するのを止めて水爆を・愛する・ようになったか

鬼才キューブリックが核戦争の恐怖に迫るブラック・コメディ。ピーター・セラーズの見事な1人3役とジョージ・C・スコットの怪演が凄まじい。

時は冷戦の真っ只中。アメリカ合衆国の戦略空軍基地の司令官リッパー将軍(スターリング・ヘイドン)の副官、マンドレイク英空軍大佐(ピーター・セラーズ)は将軍から「R作戦」開始の命令を受けて愕然とする。その作戦とはソ連からの攻撃に備えた緊急報復作戦。つまり水爆をソ連に投下するということ。命令を受けたB-52爆撃機34機は50メガトン級の核兵器を搭載してソ連の目標地点へ。ところがソ連が保有している核の自爆装置、「皆殺し装置」と名づけられたそれは、水爆攻撃を受けると10ヶ月以内に全世界を壊滅させてしまうと判明。

R作戦の規定に則り、爆撃機の一般通信回路はCRMとよばれる特殊暗号装置に接続され、3文字の暗号を送信しなければ通信をまったく受け付けない。そのため爆撃機を引き返させることは不可能。そして、その暗号はリッパー将軍しか知らなかった。リッパー将軍の狂気を感じ取り、暗号を聞き出そうとするマンドレイク大佐。事態を知った米ソ両国の首脳陣も最悪の結果を回避すべく、必死の努力を続けるが…


「博士の異常な愛情」という邦題は誤訳なワケでして。「STRANGELOVE」は博士の名前ですから。でも、ある意味名訳。許せる誤訳。これがなっちだったら、「博士の知らない愛を?」とか「博士の奇妙な愛かもだぜ」とかになっちゃったのか?あ、いらんこと考えてしまった。いかん、いかん。

ピーター・セラーズ怪演。英国空軍のマンドレイク大佐、アメリカ大統領、そしてストレンジラヴ博士。見事に演じ分けてマス。声色、表情、仕種。まるで別人。1人3役してることを知らないで観たら同じ人間が演じてるとは気づかないだろうなぁ。

冒頭で「この映画に描かれているような事故は絶対に起こりえないと合衆国空軍は保証する。またここに登場する人物はすべて架空の人物で実在の人物との関連は少しもない」と解説が出るのですが、なんか逆に薄ら寒い気分になる。モノクロの映像。淡々と進むストーリー。シニカルなユーモアセンスに笑いが凍りつく。狂気にかられ、R作戦を決行するリッパー将軍のフルネームはジャック・リッパー。そしてリッパー将軍の狂気の原因はフッ素です。え?フッ素?えぇ、フッ素ですが、なにか?なんなんだよ!性愛行為の最中にどんな陰謀に気づいたっていうんだ!大真面目にフッ素について語りだすリッパー将軍をマンドレイク大佐が得体の知れないモノを見るような目つきで見つめるシーンにひきつった笑いがデマシタ。

キューブリック症候群に罹患しているKOROはこの時点で数度、意識が遠のき何度も観直しては意識が飛ぶというキューブリック症候群特有の症状を引き起こしていたのですが、タージドソン将軍(ジョージ・C・スコット)登場シーンは覚醒。アンタ、スゲェよ。リッパー将軍に勝るとも劣らぬ反共産主義丸出しでソ連と全面的に戦争するべきだと嬉々として訴える。強攻策を激しく熱弁中に勢い余って後ろに転びながらも、熱弁!立ち上がって何事もなかったように更に熱弁!絨毯噛みながらも熱弁!強烈。ソ連の大使ともみ合うトコなんか、「子供のケンカか」と思わず画面にツッコミいれましたから。

爆撃機のパイロットのキングコング少佐(スリム・ピケンズ)もスゴイ奴。R作戦決行を知るやいなや、ヘルメットを脱いで何故かカウボーイハットをかぶりマス。そして乗組員に熱く語る。「平気で核爆弾を落とせる奴は人間じゃない。だが、これほどの大作戦ならコトが終わった後、俺達は残らず英雄だ」と。これはアメリカ魂なのか?彼の○○シーンはホントは壮絶としか言いようがないのに、あまりにもイカレポンチ度高過ぎ。

冷静に事態を収拾しようとするのに周囲に翻弄されっぱなしの大統領もいいです。大統領とタージドソンの一貫して噛み合わない会話が可笑しくも恐ろしい。ホントに政治家と軍隊ってこんなカンジなんじゃないの?リッパー将軍も「政治屋にナニが判る…」と言ってたし。

そしてストレンジラヴ博士。出番は少ないけど強烈です。大統領を「総統!」と呼び間違えるは、興奮度合いが高まると勝手に右手が動きそうになり、それを左手で必死に押さえつけようとするは。どうみてもナチ式敬礼をしたがってる。そして終始、薄ら笑いを浮かべて緊急事態を楽しんでいるかのように非人道的自論を披露する姿にマッド・サイエンティストの原型をみた。ラストの「総統、○○○マス!」。笑った。

ラストは意外とあっさり。けれど甘いテーマソング「また会いましょう」が流れる中、繰り返し流れる○○のシーン。爆撃機のパイロット達の「ソ連を攻撃して英雄になる」という願い、リッパー将軍やタージドソン将軍の「共産主義を滅ぼす」という願い、そしてアメリカ首脳陣やマンドレイク大佐の「核攻撃を阻止する」という願い、それぞれの必死な願いの結末。ブラックだなぁ。冒頭の空中給油する爆撃機の映りこみやコクピット内の細密な描写などキューブリックらしい細かい拘りも素晴らしい。

しかし空軍基地でのリッパー将軍の強烈なボケとそれに恐れおののいてマトモなツッコミが出来ないマンドレイク大佐のやりとりや、国防総省の作戦会議室でタージドソン将軍のボケツッコミに異星人と会話してるのかと疑いの眼差しを向けたり、ソ連の大統領に対して自国の爆撃機を撃墜してくれと頼む大統領の情けなさぶり、爆撃機内でのコング少佐の猪突猛進なボケに、それぞれがコントをやってるとしか思えないのに、そのコントのテーマが核攻撃というトコロがなんといってもスゴイ。

DVDレンタルではあまり見かけない作品ですが、良心価格で販売されてますので未見の方は是非。
1963年/イギリス/93分/監督:スタンリー・キューブリック
DR. STRANGELOVE: OR HOW I LEARNED TO STOP WORRYING AND LOVE THE BOMB
2008.02.10記

「純粋なエッセンス」
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