ニューオーリンズの街で発生した娼婦連続殺人事件の犯人を追う刑事の姿を描いたサイコ・サスペンス。
ニューオーリンズ警察の刑事ウェス・ブロック(クリント・イーストウッド)はフレンチ・クォーター街で起きた娼婦殺害事件の捜査にあたる。数週間前にも似たような手口の事件が発生しており、ブロックは同一犯による連続殺人事件ではないかと疑う。署に戻ったブロックを待っていたのはレイプ救済センターのベリル(ジュヌヴィエーヴ・ビジョルド)。彼女に捜査が手ぬるいと詰られ、その鼻っ柱の強さに辟易としながらも興味を抱くブロック。
捜査のために夜な夜な歓楽街に赴いては、娼婦達に聞き込みを続けるブロックは同時にその女達とアブノーマルな行為で関係を結んでしまう。しかし、ブロックが聞き込みをした娼婦たちが次々と殺されてゆき、ブロックは困惑する。そんな中、犯人から殺人予告が署に届く。殺人予告が書かれていた名刺を手掛かりに犯人が待っているという倉庫に向かうブロック。だが、そこには犯人の姿はなく─。
執拗にブロックの後を追うかのように殺人を続ける犯人の目的とは?
サイコ・サスペンスとなってますが、大ウソです。サスペンスのサの字もねぇよ。単に好色爺イーストウッドがスッポンポンのお姉ちゃんに囲まれたいが為に製作・主演した映画デス!…言い切ってるなぁ。しかし強ち間違いではないと思ふ。だって捜査といいながら、イーストウッド爺の取る行動は聞き込みオンリーですから!捜査中にも関わらず、お姉ちゃんたちとヨロシクやっちゃいますから!刑事ヨロシクかよ←違。そして古い。
お姉ちゃんたちと散々ズッ○ンバッ○ンやってるくせにベリルにまでストーカー紛いの接近法を試みるブロックに脱帽。正真正銘のエロ爺だな←褒め言葉のつもり。しかし。イーストウッド爺とジュヌヴィエーヴ・ビジョルドの共演って意外なカンジ。KORO的にはやや食い合わせが悪い感がするのですが。なんか演技の質が違うっつ〜か。彼女のような憂いを秘めたタイプの女優ってイーストウッドには合わないような気がする。
さて内容ですが。ジャズの調べはムーディだが、肝心のストーリー展開に緩急も捻りもないのでいまいち。万事、雰囲気だけで押し通した作品。巻き込まれ型映画だったら、もっと良かったかも。犯人の足元だけが映ったり、気付かないうちに犯人が近づいていたりとカメラワークや演出が絶妙で序盤〜中盤はけっこうスリル感があったので期待したが、ラストは尻すぼみ。犯人の正体に捻りがない。つ〜かアンタ誰だよ?気分満載。なんの伏線もないのはいかがなものか。
ミーはてっきりブロックが犯人に嵌められて窮地に陥りながらも真相に辿り着くというサスペンスフルなストーリーが楽しめると思っておったワケですが、全くそんなコトもなく淡々と進むストーリー→なんとなく犯人判明→お茶を濁すかのようなテキトーなアクションでエンディング。あんれまぁ〜。犯人がナニがしたかったのか皆目、見当がつきマセンでしたわ。犯人の正体が判るきっかけもスゲェ唐突で、はっきりいって観客おいてけぼり状態です。
夜のフレンチ・クォーター街の猥雑な雰囲気やブロックの私生活などは丁寧に描かれていたけれど、ストーリーのキモである事件の真相や犯人の正体については描き込み不足。心理サスペンスものを狙っていたようだけど、思わせぶりな展開が続くだけで盛り上がらないこと甚だしい。捜査の過程で出会った娼婦たちとアブノーマルな行為にふけるブロック。ハリー・キャラハンとは違った精神的に病んだ刑事をイーストウッドは演じたかったのかも知れんが、KORO的には単純にお姉ちゃんたちとウハウハしたかったようにしか見えませんデシタ。
見所はブロックの娘を演じた実の娘のアリソン・イーストウッドのスンバらしい美少女ぶりだけかも。それにしても当時12歳の実の娘を○○○の○○○にするとは。イーストウッド爺、容赦ないな。
1984年/アメリカ/115分/監督: リチャード・タッグル
TIGHTROPE
2009.12.10記