黒澤明が自分の見た夢を元に撮りあげた8編からなるオムニバス。

「日照り雨」
突然の日照り雨。少年である私は母に「外へ出かけてはいけません。こんな日には狐の嫁入りがある。狐はそれを見られるのをひどく嫌がる。見たりすると怖いことになる」と言われるが─

「桃畑」
雛祭り。姉を訪ねてきた友人にお団子を運ぶ私。だが友人は5人来たはずなのに部屋には4人しかいない。姉は間違いだというが、部屋の向こうに1人の少女が立っている。逃げる少女を追って桃畑に行くと─

「雪あらし」
3人の仲間と共に雪山で遭難した私。吹雪の中、朦朧としていく意識。誰かが私の顔を覗いている。雪女だ─

「トンネル」
戦地からようやく戻ってきた私。人気のない山道を歩いていると目の前にトンネルが。そのトンネルから犬が現われ、威嚇するように吼え続ける。犬に怯えながらも無事にトンネルを抜け出たのだが─

「鴉」
ゴッホの絵画を眺めている私。気付くとゴッホの絵の中で私はゴッホ自身を探していた。彼は「カラスのいる麦畑」にいた─

「赤冨士」
赤く染まった富士山が噴火している。逃げ惑う人々。原子力発電所が爆発したと叫ぶ女。着色された放射性物質─

「鬼哭」
人気のない荒野を歩いている私。誰かいる。1本角の鬼だ。彼は昔、人間だったが核汚染により地球は荒廃し、そして鬼は夜毎、苦しみに苛まれているという─

「水車のある村」
静かな川が流れる水車の村。壊れた水車を直している老人に出会う私。村では老人の初恋の人であった老婆の葬式が行われていた。老人は言う。葬儀は哀しいものではない。良い人生を最後まで送ったことを喜び、祝うものだと─


監督の黒澤明が見た夢を具現化したそうなんで、夢オチどころかオチも捻りも全くない作品。それじゃそういうことで〜。うん、感想が浮かばん。だってオチなんてないですから!どれも投げっぱなしジャーマンですから!う〜ん、2話と4話、6話、7話は説教臭かったような気がする。自然を大切に!とか戦争反対!核反対!みたいな。それと大抵の話が暗くて不気味。トンネルの兵隊の青白い顔には吹きそうになりマシタが。

ま、ミーは黒澤作品は数えるほどしか観ていない。しかも、どっちかというと後期の作品。「影武者」や「乱」、「八月の狂詩曲」とか。全盛期で観ているのといえば「七人の侍」と「隠し砦の三悪人」だけだよ。邦画のDVDって高いから手が出ないのよ。DVDレンタルもそんなにないし。なので、そんなに偉そうなコトは言えマセンが。

なんつ〜か、黒澤明だからこういうテーマの作品を映画に出来たのではなかろうかと。巨匠と呼ばれるには程遠いような監督が自分が見た夢をそれこそ忠実に映画化したら、「寝惚けてんじゃねぇぞ、コラ」と非難轟々ですわ。夢から着想を得たではなく、まんま夢を再現してますからね。正にヤマなし、オチなし、イミなしですよ。自分の見た夢を再現したオムニバスと知ってて観たワケだが、それでも1話目を観終わった時点で目がテン。内容がどうこうとかいうのは置いといて、とにかく映像を楽しもうと自分に言い聞かせてみる。

実際、狐の嫁入りシーンや桃畑のリアルお雛様のシーンなんかは、かなり美しい。狐の嫁入りシーンは美しいと同時に怖ろしいですが。幼少時に観たら、ホラーものと間違う勢いで怖い。あの独特の間の行進が真剣に怖い。雪あらしやトンネルは画面が暗すぎて観辛かったなぁ。雪女のメイクに鬱になりそうになった。トンネルの手榴弾を巻きつけた犬はなんなんなんだ。特攻犬か。鴉はゴッホの絵の中を探索するのが楽しい。因みにゴッホ役はマーティン・スコセッシ。

赤冨士。富士山の描写がスゴイ。ILMによる特撮の賜物。内容は説教臭すぎて、8編の中で一番苦手。ただ井川比佐志の「すいません」って言葉がすっ呆けててワラタ。

鬼哭で鬼を演じてたのはいかりや長介。メイクが激しすぎて全然判らんかったよ。大勢の鬼が赤い池の周りでのたうちまわるサマは正に地獄絵図。デッカイたんぽぽが不気味デシタ。

水車のある村は映像・内容ともに明るくてヨイ。笠智衆の朴訥とした演技、楽しそうな葬儀の行進。ラストのお話がほのぼのとした内容で救われた。黒澤明の見る夢が悪夢ばかりでなくてヨカッタと心底思いマシタ。

うむ、いつも以上にとりとめのない感想になってしもうた。娯楽作品として鑑賞するとダメかもしれませんが、黒澤明ってこんな夢を見たんだなぁと思いながらボーッと観る分にはヨロシイかと。途中の説教臭さをスルー出来ればの話ですが。
1990年/日本/121分/監督:黒澤明

2010.01.01記

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